浮遊する3つのオブジェクト

 

KYOTOGRAPHIE2020にて二つの展示デザインを担当した。

一つは、SUINA室町にある大垣書店のギャラリーにて、Machiya Visionの展示デザインをした。KYOTOGRAPHIEと公益財団法人京都市景観・まちづくりセンターと共同して行われ、京都の町家に住む方々をインタビューした映像を展示している。もう一つは、京都市内のビルやマンションが立ち並ぶ都市の中心にある5軒長屋のうちの2軒を使用した福島あつしによる写真展の展示デザインである。合わせて長屋の路地に受付と休憩所もデザインした。これらは内容も使い方もバラバラであるが、どれも別の町家から出た廃材を使用し、都市の中で起こる循環について考えるきっかけとなればと思っている。

 

浮遊する柱の塊

Machiya Visionは、京町家の再生支援や管理、調査などを行っている京都市景観・まちづくりセンターとKYOTOGRAPHIEがコラボレーションして生まれた展示である。京町家の未来へのvisionを発信するため、住民による生活の様子から、京町屋への思いや文化的な価値などが語られた映像を展示している。映像はipadから流されることが決まっていたので、平面性を際立たせるために大きなオブジェのような展示台を作ることとした。

この展示台は、京都市内で解体された町家の柱材だけで作られており、町家1軒の柱の量と(15㎥〜20㎥)とほぼ同じ量の柱を使用している。線材として使われる柱を集めて塊とすることで「柱の量」を表現し、その量感を感じてもらうために柱の長さや配置をずらして設置し表面積を大きくしている。また、床との設置点できるだけ少なくして浮いて見えるように作ることで、より塊として認識されるよう操作した。

京町屋という存在自体は減少していってしまっているが、解体されて出てきた材料は再利用することでこれから増えるものである。柱材から別の異なる何かに異化することで、廃材というものの価値を更新することができないかと考え挑戦したものである。

 

宙吊りの展示壁

福島あつしの「弁当 is ready」は、独居老人にお弁当を配達する仕事をしていた福島氏が彼らの日常である生活の様子を映した作品である。京都の町家で展示をするにあたり、老人の生活と会場である町家がノスタルジックな共犯関係に陥らないようにすることが求められた。また、福島氏の撮られた軌跡を体験できるよう展示壁をつくり、新たな動線を生み出している。展示壁は町家との距離感を図るため壁、床、天井から距離を取り、町家との接地点をできるだけ減らしつつもある1点は町家に頼ることで立っている。展示壁だけでは自立できないアンバランスな構造とし、町家に寄り添うことで立ち上がることができるものとした。これは、一人では生きていけない老人たちの生活の状況と近いものがあると考えた。町家においては異物でありつつ、見える場所のみ町家の廃材を使用して、元からそこにあったかのような存在でもあるような両義的なものとすることで、存在として宙吊りな状態を目指して作られた。

 

路地に漂う船

今回の会場のために、受付と休憩所の2つを路地に作ることとなった。受付は通りに面した路地に建ち、路地に面する建物の側面を隠すように片持ちの庇による細長いトンネルなようなものとした。トンネルを抜けると今回の会場となる長屋のファサードが現れるため、気分を切り替えるための装置なようなものとして期待した。仮設物であるため地面に緊結できず、基礎の代わりとなるよう大量の廃材を束ねて柱の重しとした。マッスな重しはベンチや展示台も兼ねている。休憩所も同様な作り方とし、周囲の建物に囲まれている様子を感じてもらえるよう敷地の中央に設置して、それぞれが別方向に向きながら周囲を見渡せるようにしている。

テントはたわみを与えトンネル内のリズムを与えるとともに、雨水を集める仕組みとした。KYOTOGRAPIEのイメージカラーの赤色のテントとし、通りからの看板としての機能も持たせている。また、このあたりでは祇園祭の際に大船鉾と呼ばれる山鉾が巡行される。名前の通り大きな船の形をした山鉾であり、テントは大船鉾が乗る波ような形であると同時に船の帆のようにも見えるような形も参照している。芸術祭と古典的な京都のお祭りをその場所の特徴としてつなぎ合わせ、記憶のどこかに引っ掛けることができたらと思っている。

近い将来、解体されマンションやビルに置き換えられてしまうこの場所に、この土地の場所性をもう一度引き出せないかと考えた。京都の路地という場所は、京都の都市における象徴の一つとしてイメージされるものだが、とても特殊な場所であると思う。路地には入口に門が設置され表札が貼られているものがあり、境界を明確に分けている。主に通路として使われる場所だが、井戸や植物が置かれるなど長屋の住民にとっては重要な公共な場所としても存在している。路地は閉じられた私性が混在している公共空間であり、京都の密な人間関係を築いてきた大事な都市空間である。

そういった閉じられながらも広がりのある空間性を、展示会場の公共的な場所として生まれ変えることで、京都という都市の構造を体験することにまで広げ、都市の中の展示会場という認識を植え付けることができたらと思っている。