​均質さの先にあるもの

京都で行われた国際写真展KYOTOGRAPHIEの会場のうち、岡原功祐とPaolo Pereglinの二人のフォトグラファーの展示デザインを担当した。場所は京都市内にある堀川御池ギャラリーで行われた。この建物は@KUAという京都市立芸大のギャラリーと共有しているが、いわゆる公民館のようなジェネリックな建物であり、白くて均質な空間で構成されている。

 

岡原の写真は、Ibasyoというテーマによる自傷行為を繰り返す女性の日常を捉えた写真である。それは彼女たちの社会における居場所のなさを現したものであり、展示構成のコンセプトとしても成立させることができると考えこれを目指すことにした。

まず、5人の女性に合わせて5つの部屋を用意し、そのうち4つ部屋の角度を45度振って配置した。部屋と部屋の隙間は暗闇にし、動線を複雑にすることで、訪れた人は部屋を通り抜ける度に方向感覚がなくなり、暗闇によって展示室全体の大きさを失っていく。頭の中の地図と体験のズレが生じた際に自分の居場所がわからなくなることは、写真の中の彼女たちの居場所のなさとは異なるが、居場所を失った不安という感情においては共有できるのではないかと考えた。

また、どこにでもある公民館のような建物内で、同じ大きさ形の部屋が繰り返されていくことによって均質な体験が過剰になっていくと、ジェネリックな空間は反転しその場所の個性として生まれ変わるのではないかと考えた。それは、この建物内としての個性ではなく、この場所の外側への意識によって生まれるものである。内部の均質さの連続と展示の迷宮性が、人が持つ居場所性を消去し、建物の外側まで意識を押し広げる。今回試みたのは、小さな展示室の中で収まるのでなく、建物自体の居場所のなさまでを利用して、それを突き詰めることによって生まれる広がりのある場所性に気づきを与えるような体験を目指した。

 

Paolo Pereglinの展示室では、過去に作られた作品集の展示台をデザインした。作品集は今回の展示ではメインのものではなく、あくまで作家を紹介するための補助的な展示物であったが、とても良い作品集だったので、こちらにも興味を持ってもらうためにはどうしたら良いかと考えるとところから始まった。この作品集は、蛇腹状に一枚の紙が折りたたまれている。これを展示室全体にまで広げ、一枚の紙として体験できるような展示台を求められた。そこで、紙を支えることと棚を支えることを一本の柱で一体化し、蛇腹と共に柱が連続する展示台を考えた。この細長い華奢な柱は、足元のコンクリートの基礎に支えられており、板は柱に巻きついたシルバーのテープに引っかかり、壁に寄り掛かるようにして立っている。モノが立つという状態がシンプルに表現されつつもどこか不安定な立ち方に気づいた時、人は板の裏側を覗き、その謎を暴こうとするだろう。裏側ではシルバーのテープが覗く人を待っていたかのようにキラリと光っている。安全で強固な立ち方ではなく、構造に隙をつくり余白をあたえることで人の興味をそそることが出来ないかと考えた。作家の作る作品の完成度の高さを利用して、自立しない展示台を対比させることで展示全体の重心を調節した作品である。さらに、からくり探しに誘導するように、見えない場所を主としてデザインすること。それはIbasyoの展示デザインにも共通しており、展示を体験し作品に没入するだけでない外側への意識を向けさせることを期待している。